巣/人生の意味/植毛

短歌について/その他サブカル色々/男、無職、誕生年1994/うたのわで斧寺0

手紙魔まみ感想149・150

家々のえんとつからは黒い水噴き出している ウサギを胸に

 

 一見して意味が分からない。不明瞭な事件が単調に描写されている。『家々』というし他人事の不幸の風景を無感動に眺めている様子だろうか。突然『ウサギを胸に』で自分にフォーカスされていることもわけわからなさの原因のような気がする。

 思考速度が高くて話題がどんどん飛ぶように考えることが二転三転したり共通項の少ないものが連結される思考様式の状態について「速がある」という表現をするようになった。これはツイッターを見ている内に習った表現方法であり、これが高まると陰謀論や妄想にはまり込みやすくなるというものの考え方である。

 

「不明」「速」

 

 

 

 

大切なことをひとりで為し遂げにゆくときのための名前があるの

 

 完全に自分の心意気、心の在り方という話。

 力強く言い切ってやっていこうということを気合注入しているとでもいうのだろう。命名は定義づけであり、それがどのような存在であるかを印象によって持っていこうという願望であり、変身願望であり、簡単におのれの意識を変革できる。やりに行こうそれをという状態でそれがとても大切だ。

 けれど『大切なこと』といういい方は不透明。具体的ではない。象徴的だ。スカスカに見える。目標が本当にあるのなら目標をもっとそれにピッタリとして一目見てわかる名前を付けてやって、それで呼べばいいのに。『ゆくとき』も曖昧で、それがいつなのかわからないで言い訳をしているようだ。みっともないなりに言っておきたいことを言っておこうという気持ちが文末の口語か。

 

「心意気」「宣言」「具体性」「名」