巣/人生の意味/植毛

ソシャゲ、漫画、web小説、短歌/サブカル色々/男、専学、誕生年1994/利己翔とも/ツイッター https://twitter.com/kakeruuriko?lang=ja

政治

政治

まず私が政治に興味を持ったのは大3~4の頃である。ネット右翼だった高3~大2時代もあるが、自分が政治的な存在だという意識もなかったし、大した自我もなかった気がするのでノーカンとしておく。大3~4頃は何か文章を書きたいと思っていたが、さしあたり書きたいことがなかった。本当のことを言うと感傷について書きたいと思ったり書いたりしていたが、それだけでは字数が少ないし迫力に欠けるので、何か箔のつく教訓もテーマにしないとちゃんとしたものにならないと思っていた。そう思いながらTwitterをやっていて、目に入ったのが外山恒一氏だった。

 


外山恒一の政見放送 [2007/03/25]

 

外山恒一氏について、ネットで最も有名なのは2007年東京都知事選の政見放送だろう。私もそれのことは知っていたので、あれの人が政治の話してるならなにがしか有効なのではないかと思い、文章を読んだ。だいたい無料で読める。最近はnoteで有料記事も多少やっているようだが、5年くらい前の当時は我々団サイトに全部置きっぱなしだったのでそれで読める。インターネット黎明期の残り香も感じられるだろう。

http://www.warewaredan.com/main_w.html

また、夏と春に集中合宿を開き、10人前後の学生に無料で社会運動史について講義している。寝食付きで無料、すごい。私は大四の夏、就活せずに行って勉強してきたので、外山恒一氏に思想史や運動史について教育を受けた。細々した部分について意見を異にする部分は大いにあろうが、社会運動的な方向性についてはだいたい外山氏の劣化コピー的なスタンスを持っている。

 

盛り上がったタグ

5/10、やたらタグが盛り上がったので便乗してつぶやきをした。

 

改正とか言っているので、てっきり憲法改正の話かと思った。おとといまでそれで盛り上がってたじゃん。もっとせせこましいことの任期だの定年だのの話だったようだ。私は三権分立について全く詳しくない。中学校の教科書を再読すればま―こんな話だっただろうなと思いだす程度のことはできるだろうが、そんなものである。政治の話は好きだが、現代政治や法律の用語については特に興味を持てないし、一生勉強したいとも思わない。

 

民主主義が悪い

制度は前提と設計思想によって成り立つ。

民主主義が成り立つうえでは、「国民全員が同じ程度の政治意識を持ち知識と能力においてもその程度である」が前提とされている。これが成立している場合、同じ程度政治の意思決定にかかわることができれば理想的な政治が成り立つはずである。その様な思想で制度設計したものが民主主義制度である。

この前提は正しいだろうか?また、制度は設計思想の期待に沿った効力を発揮しているだろうか?

私は前提が間違っているし、制度自体も設計思想通りの効力は発揮できていないと思う。民主主義はカス。

 

我々はルールを作れない

私には自分の政治的鬱憤についても客観化するきっかけになったキャラクターが存在して、ニンジャスレイヤーに登場するヘヴィレインである。

 

 https://togetter.com/li/889921

彼の登場エピソードは短く、作品紹介に使えるという説もある。「矮小な個人が目の前の問題に精一杯あたっても、上層の(不祥事や株価や年商の枠組みで銭や情報をやり取りする)プレイヤーにとっての駒でしかないことへのやるせなさ」がサブテーマとも総括されよう。ショーギ盤を巡るエピソードであるのも意図的に思われ、忍殺原作者達はこの手のポエットを頻繁に仕込む。

ヘヴィレインは物語上モブキャラクターであり、どのような人間であるかはニンジャスレイヤー(作品名でも、主人公の名前でもある)の物語になんの寄与もしない。しかし、ニンジャスレイヤーのマルチバース設定に、「ニンジャスレイヤーと彼の所属する敵組織【アマクダリ】の戦いにおいて、『ニンジャスレイヤーが【アマクダリボス】を殺しながら組織には敗北する』というルートで止めを下すのがヘヴィレインである」という設定がある。名前と死ぬことしか存在がないヴィランもいる中、ヘヴィレインはそれなりのキャラクターを与えられた存在だと言えるだろう。私にとってはヘヴィレインについて語ることが自分の思想の輪郭について表明するうえで最も手っ取り早い手段になるので、後日別記事でヘヴィレイン語りをやろうと思う。別に丸々同じではないが、自分の言葉より手っ取り早く語れる手段がある際、それを利用するのは全く理にかなったことだと考える。

第三部の大トリのエピソードの一端で語られるので要説明部分が多すぎるかもしれないが…。

道徳(モラリティ)

 

メタ倫理学入門: 道徳のそもそもを考える

メタ倫理学入門: 道徳のそもそもを考える

 

 

自分は道徳的な人間でありたいという願望が強かったのでよく道徳を勉強したこともあるが、厳密に道徳を運用することは倫理という概念に相当し、道徳は丁度良い中道、極端に偏らない多面的なものの見方を理想に置くものであった。道徳をよく勉強することで身につくのは道徳性というより道徳の抜け道らしい。知ってしまったらもとには戻せない類の知識だが。良心に差し障る価値判断を行う際は倫理面での検討を行い、また自分を含む当事者間での感情を踏まえてバランスの取れた結論を下したいという欲求の丁度良さについて模索する癖がついた、ように思う。威張ることではない気がする。

 

「道徳って本当は何だかわかる?」ベッカーは冷静に相手の目を見つめた。「それは自分の子供を助けるために、知らない子供二人を死なせること。それは誰かを殺したとき、相手の目を見つめていたら何か違いがあると考えること。それは小胆さと臆病さと、誰かに子供たちのことを考えさせないこと。合理的なものじゃないのよ、アマル。 倫理的でさえない」

ピーター・ワッツ. 巨星 ピーター・ワッツ傑作選 (創元SF文庫) (Kindle の位置No.2565-2569). 株式会社 東京創元社. Kindle 版.

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ブラザーコンプレックス

なんでこの頃急に昔のこと振り返って文章書いたりしてんの?死ぬ準備か?と脳内の自分が言ってくるんですけど、全然死ぬつもりはないです。けれど、最近の社会の動きとかに怖いなーという気持ちはあります。今年就活のはずだったけど、それすらどうなっていくのやら分からなくなってきたし、不安が高まって人生について顧みてるんでしょう。

自分の過去の話を書くことに自己カウンセリングのようなものを見出していて、前向きな居心地の悪さが発生するけど、3日くらいたつといい感じになってきます。話しでもいいけれど、うまく話す相手もいないし、ブログにおいておくと碑になるし。

ブログとTwitterのつながりというか、実際ここにTwitterの延長のノリで書いているのだが、加減がわからないなーって。自分の感情の重さ、気持ち悪さというテーマ。告白。秘密を抱えていることはつらく、本当の自分を知ってもらいたいという願望。結局私はそれが常人よりも強い、思春期の頃にバランスよくそれらをやっておかなかった報いのような気がします。露骨に性の話を試みるのもそういう表れや甘えでしょう。

 

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幻想再起のアリュージョニストを読んでください

長々と書きたいという気がずっとあるんですが、俺の説得を読んでいる時間があるならその時間をあててでも読み進めてくれと思ったので一回読み方だけでも置いておこうと思います。幻想再起のアリュージョニストを読んでください。最近氏が小説家になろうで連載中のライトノベルです。

https://ncode.syosetu.com/n9073ca/

普通のライトノベルなので第一話から読んでいくのが王道です。設定や伏線が色々あるので分かる範囲で出来事を追っていくのがコツです。そういう気楽読みがラノベの普通の読み方だと思いますけど。他には、俺が好きな回でかつ前知識一切なしでも短編として読める気がする回があるので勧めておきます。

https://ncode.syosetu.com/n9073ca/92/

これを読んで、ここから次の93話へと読み進めるのはちょっとお勧めしづらい(キャラとか把握できにくいと思う)んですが、ポジティブにそういう挑戦をするのもアリかもしれません。実際にはここで気合を貯めて1話から挑むことを勧めたいです。結局のところ全話読んでほしいだけなんですが、長いので勧め方にも一工夫したいなと思ってしまう。現行連載中の5章もまだまだ途中(2020/4/17現在212話)なので全話はある意味語弊があるんですが、次話待機時間も楽しいよ。

あと、『もしサイバーパンク世界の住人がオカルトパンク世界に転生したら~創世のアリュージョニスト~』という二章ifっぽいのが始まり、こちらを読んでもいいかもしれません。個人的には推しキャラのマイカール・チャーラム(149話から登場)を一秒でも早く見てほしいし、どうせハマったら全部読むので本編から読んでほしいですが、そういうルートもあります。

https://ncode.syosetu.com/n0086gd/

好きなweb小説紹介でした。

俺と音楽の話

 やや時系列順。音楽に限定して書こうとするのも諦めたので、『音楽を起点に連想される、俺のろくでもない思い出話またはくだらない意見』とでも言うような内容。貧乏性なので書いた物は載せる。

 

 

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日記

大阪、もっぱらの移動手段は自転車だ。抜け道をしようと思ったけれど、工事中で通られない橋があった。かえって遠回りになるというほどのこともなく、折れて団地を通れば直線距離に大して変わりはない。冷たくて乾いた夜の空気。大阪も徳島も、雪なんか降らないのは似たようなところだ。団地の雰囲気も。小学校の頃に遊ぶ友達は団地に住んでいた。あの頃の記憶が甦る。とりたてて良くも悪くもない、ただの記憶として。

あの頃よりずっと自分は自由になったのだろう。六時まで帰る、十時までに寝るといったルールが定められていて、なんとも思わないで従っていたのだった。映画、ゲームどころか、漫画を選ぶのにも親を通さなければならなかった。今は休みの日は何時まで寝ていたっていいし、逆にやる気を出せば日帰りで東京に行くことも不可能ではない。文字を並べてリストを作れば、ずっと自由になっているはずなのに、何が自分を不自由だと感じさせているのか。言ってしまえばそれまで、というつまらない諸々の重なりが、倦怠感や不安感の正体なのかもしれない。幸か不幸か、まだ俺は前に歩くことができるので、立ち向かうのも自由だった。

創造の改稿(1/2)

はじめに神は天と地とを創造された。神はふたりに言った。

「この世界を任せよう。力を合わせて、ここを素晴らしいもので満たしなさい」

そして、力として2つのものを与える準備があると言った。即ち、知恵と生命である。話し合って天が知恵、地が生命を扱うと取り決められた。神が去ると、二人は分担して彼らの仕事を果たそうとした。天は飛び上がって言った。

「光あれ」

知恵なる声が効力を発揮し、輝いて周囲が照らされた。天が下を見ると、地は己の身体を引き裂いて水を湧き出させていた。大地の全てを覆うまで、かの者は絶えず血を流さなければならない。

地が見えなくなるまで昇ると、天は自分の仕事に取りかかった。最初に作った、最も大きくて熱と力を伴った光を太陽と呼んで、決められた時間で動くことを定めた。太陽が大地を照らし出す時を昼、太陽が働かない暗がりの時間を夜とすると、夜にもまたわずかな光を星として並べ、時や方向、季節の標になるようにその配置を整えた。

仕事を済ませると、天は元のところまで降った。地は陰で休んでいた。天が尋ねると地は仕事ぶりを次の様に話した。十分に水を流して傷を塞ぐと、陸と海を分け、草木を生やし、種々の生き物を住まわせた。即ち、空には鳥を、海には魚を、野には獣を住まわせた、ということだった。天はそれを聞くと、自分の為したことを地に話した。彼らは互いにそれらの成功に満足した。

最後に、天と地は力を合わせて似せものの神を創造した。つまり、地がその形へあつらえた土に天が息を吹き込むことで生ける者としたのだ。それが最初の人である。天と地は彼のため、最も良い土地に食べられる実のなる全ての木を生やしてそこに住まわせた。また、最初に神に与えられた知恵と生命を大樹へと翻訳し、園の中央に置いた後、次のことを言った。

「この二つの樹が、われわれとお前の結ぶ契約の印である。これらが損なわれない限り、われわれはお前の望みを叶えるから、お前は約束を守って、命じられる仕事を果たしなさい」

最初の仕事として、人は空と海と野の全ての生き物を分類して名付けることを命じられた。それを終えると、彼は報酬に自分のつがいを望んだ。天と地はそれを聞き届け、人の寝ている間に彼の肋骨を抜き取り、それを材料に一人の女を作って彼の所へ行かせた。それで、彼らはつがいで暮らすようになった。ふたりとも裸であったが、恥ずかしいとは思わなかった。