巣/人生の意味/植毛

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シンジケート考察 16・17・18

 短歌中の一人称について、「詠み手」と適当に表記していましたが、「作中主体」というのが語として適切らしいと知ったのでそれを使うことにします。

 

 

体温計くわえて窓に額つけ「ゆひら」とさわぐ雪のことかよ

 

『ゆひら』が分からなかったのでぐぐると体温計をくわえているので「雪だ」の発音が正常にできないということだった。すぐにぐぐるくせはいけなかった。くわえるタイプの体温計になじみがないのも読み取りに障害になったかもしれない。

 それがわかると特に問題なく読み取れる短歌である。『雪のことかよ』はカギかっこのない話し言葉なので作品主体の考えである。男言葉なので、この二人がカップルならばさわいでいるのは女性だろう。

 雪と風邪で、二句前の短歌が思い浮かぶ。一句前で転がりまわったから風邪を引いたのかと思ったがこの作品主体は我を忘れてはしゃぎまわるような感じはしない。前のふたりが今更窓の外の雪に『さわぐ』というのも予想しにくいので、明確にそのままつながっているというわけではないのかもしれない。

 頭を冷やすことと暇つぶしを兼ねて窓に額をつけるという状況はよくわかる。かわいい。

 

子供よりシンジケートをつくろうよ「壁に向かって手をあげなさい」

 

 この詩集のタイトルにも、連作のタイトルにもなっていて、穂村弘の代表作と言える。

シンジケートは組合、企業などの意味もあるが、ここでの意味は大規模な犯罪組織だろう。

 子供を作るということからこれはカップルの短歌だ。それなりに落ち着きができてきたカップルならば、子供を作るということは当然の行為と言える。しかしそれよりも『シンジケート』を作りたいのだという。『壁に向かって手をあげなさい』は敵に抵抗されないように呼びかけているのだろう。順番に打ち殺したりするのだろうか。

 この歌に対する評論はいくつもある。少子高齢化や家族計画やらと結び付けたりもできるが、僕が子供を作るということへの実感など持てないし、あまりそういった深い読みはできない。

 「映画のセリフのようだ」という評論があったが、僕にはそのまま映画を二人でみているように思える。格好いい映画に憧れ悪びれの結果が三句までのように思えてしまうのだ。作品読解でも読む側によって読み取れるものは全く変わってしまう。

 

ウエディングヴェール剝ぐ朝静電気よ一円硬貨色の空に散れ

 

ウエディングヴェールは花嫁が結婚式にするベール。もともとは悪霊などから守る意味があったという。

 

『ウエディングヴェール』ということは結婚式の後なのだろう。作品主体がヴェールを剝いだということだろう。空は曇っているのを一円硬貨の色に例えている。ヴェールを剝いだ時の静電気に文句を言う花嫁に気にするな、と言おうとしたのかもしれない。

 全く非日常の存在である『ウエディングヴェール』と日常で地味に鬱陶しい『静電気』、空が曇っていることを『一円硬貨色』と無理やりにたとえようとする2つのミスマッチが印象的。空が一円硬貨の色であることも、一円硬貨自体も日常的でありながら、わざわざ『一円硬貨色の空』ということは普通ではないのだ。非日常の中の日常をうたっているともいえる。

 『静電気よ』の『よ』は字余りであるから、リズムを崩してでも入れる必要があったのである。『静電気』へ呼びかけを行うということもある意味非日常的なところがある。