手紙魔まみ感想163164165166
マフラーがちくちくしない方法を羊に教えてもらう日曜
人とは関わりたくないが動物とは関わりたい気分なのだろうか。マフラーで冬シリーズとしての一貫性を保たせていて、やや生活を快適にしようとコミュニケーションを仕掛けている。日曜日、余暇、休日の使い方は作中主体にとってそのような気分転換の場であるべきだという思想がみえる。
「休日」「生活」「コミュニケーション」
冬。どちらかといえば現実の地図のほうが美しいということ
仄めかしではない『冬。』は読点で見慣れなさ、唐突な言い切り、リズムの異常さなどの要因で強調効果を発揮。『地図』は生活上ではそれほど使うものではないが旅などの長期休暇には実用上のものである。休暇の使い方というテーマが前歌と共通の話題として続けられようとしているようだ(ウエイトレスは仕事上の都合であちこちへ行くことはない業種では)。美術的観察という視点から現実の地図を眺めることが何と比較して美しく思われるかについて、読み手が補完することを強いられるので、『地図』に関してこれは余暇だという解釈が先行して私の場合無目的に家でダラダラすることと比較して地図を利用して活動的にまだ見ぬ場所をウロウロすることが『美しい』と主張しているのでは?と思わされるが、『冬。』のことを何かしらもっと考慮に入れるべきなのかもしれない。
私はただの時間、場面の描写で、作中主体とは何の関係もない外部を述べているだけなのだと思ったので重要ではない物だと解釈した。時間や場所ということがどれほど内面に影響するかという考えは個人によるし、忙しい人間にとっては余暇であることの実感にダイレクトにかかわる問題ともいえる気がする。
「場所」「時間」「休暇の過ごし方」「うつくしい生き方」
あかねさす紫野ゆきロイホゆきチャリンコ・ベルを巡る朝焼け
本歌取りである。『あかねさす』でググれば出て、万葉集に元ネタがあることが知れる。いい時代だ。本歌取りは引用元が理解できる相手でないと適切な理解までが遠くなるので、無駄に敷居を上げる戦法なので他人に理解したがってもらっている人間が積極的に使いたがる戦法ではないような気がしていて、意外だと思った。
元の歌は『元恋人といちゃついているところを見られるのは都合が悪い』という内容のやつで、大化の改新をした天皇の兄弟らしいへよこした歌らしい。これだから和歌は怖い。「立派な人間が文学方面でも業績を残したという恐るべき事実に触れたくない」という嗜好を私は持っています。
『ロイホ』はファミレスチェーン店で、現代人の基礎教養以前の常識らしいが四国に存在しないので私は知らなかった。地方の人間を馬鹿にするな。ガストかココスでもいいだろ。
『チャリンコ』は微妙に廃れた若者言葉という感じがしなくもない。個人的な感覚だとそれを略した「チャリ」を使う。「ナウい」の時代の言葉っぽい気がするけど2001年の時代からした感覚はどうなんだろうか。これだから若者言葉の移り変わりは信用できない。
『~をめぐる朝焼け』は「さわやかそうなのを勢いでブン投げるぜ!」の全体的な感覚に沿う。
あっちこっち移動しているせわしさの中であまり情緒に浸る暇がないというスピード感に現代性があって、本歌取りだと昔との差異が際立つことであるなあ、というものがある。
『本歌取り』『スピード』
宇宙じゃないよ、宇宙じゃないよ、と云いに来る海豚よ、ここが下北沢よ
イルカ、宇宙という語の繋がりは怪電波的なものを感じさせるという文化がスカム系統の世界ではある気がするが、この歌自体がそういう文化に依拠しているのかよくわからない。漢字表記なのが独特っぽいし近未来感が低い。
海豚と会話して地名を教えている。海豚は宇宙じゃないことを教えてくれる。教えてくれる海豚というと役に立たないMicrosoftの海豚のことも思い出させる。会いたくないのに向こうからやってきて分かりきっている内容をノイズのように繰り返してくる存在に言い聞かせることができないからお前はコミュニケーションに失敗して敵がどんどん増えていく。
『役に立たないイルカ』