巣/人生の意味/植毛

短歌について/その他サブカル色々/男、ほぼ学生、誕生年1994/利己翔とも/ツイッター https://twitter.com/kakeruuriko?lang=ja

シリーズ③

何もわからなくなりましたが、納得してしまいました。

④も近いうちに投下されて完結しますが、説明になっているとは限りません。

けれど、自分を納得させてしまったので。

 

3/13に全体のなかのバランスを勘定して修正がなされました。

 

 私では止められなかったが、誰かなら止められたのではないか?足掻きながらも、そんな空想が映像とともに浮かべられる。抗いの徒労ぶりの、実感は強くなるばかりで取り落としたコップを思い出した。手を離した風船が風に流される記憶も。そのうち感傷も無駄ではないと逆に思うのは実行よりずっと心を静めている気がしたから。一瞬、安らかな気持ちで目を閉じれば、電話の回線が自動で繋がる。正答はもはや望めない、あがくのみさ、少しでもましになるように。発狂しなくて誇らしくなりながら最後の指示を聞けた。恐れていた安全装置、心乱すことなく外せた。本体に手をかけ、深く、計画的に作動。私は、できうる限りの最善を為したし、むしろまともな方だったというのは傲慢かな。愛しい世界が、尊い私を失ったことをいつか嘆く日が来なくともいいや。

 

 

「どうだったかな?」

 スタッフロールが流れ出す合間に、彼女に感想を問いただす。曖昧ともとれるほほえみ。愛想笑いに見えるかもだが、私はそれがそれなりに満足した時の彼女の表情だと知っている。彼女の感情表現はいつでも、露骨と取りそうなほどに率直な、そういうの。

 レンタルDVDを取り出してケースへしまう、これすらとても充実した作業だ。実は私は、この映画にもほとんど感想を持てなかった、今までの映画と同様に。私は映像作品、特に長編完結型の映画という媒体が人並みに楽しめているのか不安だった。その苦手意識を克服したいという焦燥感のために、多くの映画を求めて、世間で評判が独特なものを中心に鑑賞することを心がけている。そうやって、いつか真贋を評論したくて。それは今のところ順調とは言えない有様だが。もっと昔に親しんだアニメ映画も、これらとどこが違うのか不安にされる。評価が高い名作もどれも、均質に驚きを与え、均質に感動させてくれるような気がした。きっと映画だけ独特に私にわからない。歌や漫画やゲームなら、それらを際立たせる部分がどこにあるのか、分析もどきが出来る気がした。……気?気のせいだったのかもしれない。理論立てるほど、多くのことを取りこぼしていくようだった。

 そういったことを深刻に悩んでいた頃に、私は彼女を見つけた。彼女は全体にまとまって、それでいて強く主張しない顔立ちと、その意図に反抗するかのような蛍光マーカーな髪色をしていた。いつでも明るくにこやかなのは、期待してないからだと悟った。未来という単語が、無根拠にポジティブイメージを放射するかのごとく。

 つまるところ、神々しさだ。彼女はもっぱら美貌を静寂の中に湛えた。シンピテキ。彼女の役割は存在や外観に留まるものではなかった。むしろそれらはあり合わせの偶然。

 私だけが彼女を特権的に理解できる権利があるのだという無邪気で傲慢な信念を恥じることもなく、時代にうねりとして素晴らしきものが漂うかの如く視えていた私と、転落した私が同一であることを、也より自分自身が信じられないのが正直なところだ。私は、彼女をとおしたうえで世界を、私を、そして彼女自身をどうしてそのように捉えて、力強く反芻したのかをもはや再現できない。

「あの映画はもう見ました?」

引き替えに、何を語ることができたというのだろう?