巣/人生の意味/植毛

短歌について/その他サブカル色々/男、派遣社員、23/うたのわで斧寺0

ぼくと初音ミク

「やりたいことならなんでもやればいいのよ」
と大人は言うけれど、私は大人になれなかったのでやりたいことは何もなかった。小説を書きたいと思っていたころもあったのだが、書こうとしてもと人物が動かないのだ。ただ飯を食っては寝て、家からは一歩も出ようとしない。やりたいことなら何でもよい、という思考を補強しようとして、何かをやろうとはしてみても、具体性を持った内容にたどり着く前に、ぼんやりとした「やりたいこと」が「考え事」の握力でボロボロボロボロ崩れていく。崩れたかすを眺めているうちに眠たくなって寝てしまうのだが、寝ることはそれほど飽きが来なく、いくら眠っても満足することが無いようで悪かった。
 さて、ここに初音ミクがある。初音ミクといっても、DTM音源のことではない。初音ミクの形をした1/1人形だ。それはとても精巧にできていて、遠目からでは絵と見分けがつかないほどに絵をそのまま再現した人形であった。かといってアニメ絵をそのまま拡大したいびつさは感じさせず、ほどよくデフォルメされている気がする。上手く表現できないけれど、現実に存在することがこれほど歪ではないフィギュアを私は見たことがない。初音ミク屋をやっていたおじが廃業の際に押し付けたものだった。どのように彼がぼくの嗜好を推測したのか、不思議がる必要はなかった。年頃の男児にとって、初音ミクが優れた性の対象であることは自明の事実であって、実際正しい見立てであった。
 初音ミクの正面から、初音ミクの左腕をへし折る。彼女は最新の形状記憶樹脂によって体が構成されている。どのように体を傷つけようと、たちまち回復するのである。手首から先を引きちぎり、指をカッターで切り刻む。破片たちを手のひらに載せてフッと吹くと、それらは元の形を取り戻した。そうしている間に、左腕は元に戻っている。顔に左手を投げつけてやると、埋もれるようにへばりついた後、うねうねと元の位置まで這うように進み、元通りに引っ付いて直った。
 この性質が私を虜にしたのも、もはや一夜のあやまちのようなもの。事実としては、それに高校時代の余暇のすべてが注ぎ込まれた。裂いても。穴だらけにしても。焦がしても。溶かしても。何事もなかったように元へ戻る人型樹脂に僕はなぜあれほど熱中したのだろう。手の届くもので、破壊的に使えるだろうおよそすべてのものを用いて、私はその人形をいたぶった。バラバラにした初音ミクの破片を家族の料理に混入したのも、一度や二度ではなかった。それでも飽きず、今までにない方法で初音ミクをこわすことを考えるのに熱中した。やがて学校の中でも考えが止まらなくなり、ノートへ思い付きを書き付けるようになった。それはクラスメイトに見つかって、私が猟奇殺人を欲 望する変態と思い込まれ、無視されるようになっても止まらなかった。一般的な交流を持つことなく青春を過ごすのだったが、気が付くと退学していた。ただ卒業して大学に進まなかっただけだったかもしれない。そのどちらでも構わないと思うほどに、ほかのことに興味を示せなかったのだ。形状記憶樹脂を持つ初音ミクは、他のものによって棄てられようともかならず僕の元へ戻ってきた。病院へ入院させられると、逆に初音ミクから来てくれるようにもなった。
 初音ミクを夢にも見るようになった。夢の中では、初音ミクには意思があった。私が傷つけたすべての初音ミクが、そこでは再生できなかった。何人もの初音ミクが、僕に彼女たちが受けた仕打ちを逆返しして、僕を何度も殺すのだ。形状記憶樹脂を持ち、何度も再生するのは逆に僕であり、何度も苦痛を味わうことが出来た。最良の時、僕は夢精することが出来た。とても満足だった。
 
 あれほど熱中したのは果たして、私の中の何がそうさせたのだろう。今ではとても、それほどのエネルギーを注ぎ込むことはできず、それでも形状記憶樹脂を持つ初音ミクを視界の外にやることはできないのだった。常に、僕は初音ミクを見ざるをえず、仕方がなく初音ミクを壊素ただの日課に成り下がっているのだった。