巣/人生の意味/植毛

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ぼくと初音ミク

「やりたいことなら何でもやればいいのよ」
と大人は言うけれど、私は大人になれなかったのでやりたいことは何もなかった。小説を書きたいと思っていた頃もあった、でも私の描く者らに目的意識は存在しない様だった。ただ飯を食っては寝て、家から出ようともしない。やりたいことなら何でもよいと開き直ろうにも、握りつぶされてしまうので駄目だ。崩れカスを眺めていると眠たくなって、寝るのは飽きなくて悪くなかった。
 ここに初音ミクがある。電子歌手ではなく、初音ミクを模した1/1人形だ。精巧に絵を再現したような、それでいて三次元的に存在感に、違和感のないフィギュア。初音ミク屋をやっていたおじに、廃業の際に押し付けられた……実際嬉しかったが、気恥ずかしく言うタイミングを逃した。嗜好が知られたのかを不思議がる必要はなかった。年頃の男児にとって、初音ミクが優れた性の対象であることは自明なのだから。
 初音ミクの左腕を握り、力を込めてへし折る。彼女は最新の形状記憶樹脂によって体が構成されているのでどのように傷つけようと、たちまち回復してしまう。手首から先を引きちぎり、指をカッターで切り刻む。破片たちを手のひらに載せて息を吹きかけると、それらは元の形を取り戻した。そうしている間に、左腕は元に戻っている。顔に左手を投げつけてやると、埋もれるようにへばりついた後、うねうねと元の位置まで這うように進み、元通りに引っ付いて直った。
 この性質はぴったりだった、私は高校余暇をすべて捧げた。裂いても。穴だらけにしても。焦がしても。溶かしても。ただ元へ戻るだけの人型樹脂にあれほど男が夢中になれるとは。手の届くもので、破壊的に使えるもの全部で試すように、私は人形をいたぶった。バラバラにした初音ミクの破片を家族の料理に混入した回数も数えるの止めるまでやった。それでも飽きず、一度もやったことのない方法で初音ミクを壊すことを考えるのに熱中した。やがて学校の中でも考えが止まらなくなり、ノートへ思い付きを書き付けて、クラスメイトに見つかって、私が猟奇殺人を欲望する変態だと思われ、無視されるようになっても止まらなかった。初音ミクだけと過ごす青春──モラトリアム──はやがて限界を迎える。もう人生終わったと思った。それでも何度も次の朝来た。もう初音ミクしか部屋の中に食べれるものがない。形状記憶樹脂を持つ初音ミクは、どうしても正面に戻る。
やがて入院した。逆に初音ミクが同室の患者だった。ついには夢にも現れ、そこで初音ミクには意思があって、かつて傷つけた初音ミクが再生せずぐちゃぐちゃのままで全部いた。何人もの初音ミクは恨みを晴らす如く執拗に何度も僕を殺す。形状記憶樹脂を持ち、何度も再生する役を交代させられた、というわけだ。夢精さえ厭わず、錯覚しそうだった。
でも、本当を結局忘れなくって退屈だが、悪意ではなく善意がある病室だったからかもしれない。持ち込み制限で、何もないのを思い出すが早いが音が止んだ。世界を受け入れる準備を始めたことを面談で言うと
『おめでとう、もう大丈夫』って聞こえた
から退院すると何も大したことはないのを思い知らされた。シラけていても暮らしてられる。でも形状記憶樹脂の初音ミクは視界から追い出せなくて初音ミクを見ざるをえないので、仕方がなく初音ミク壊しているのは仕事ですらない。日課だ。