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手紙魔まみ感想103・104

両手投げキス、あのこの腕はながいからたいそうそれはきれいでしょうね

 

 最近、性の話か命の巡りの話というところで連続している。

 一句目が変則的に長く、『両手』は冗長な語の追加だが、『ながい腕』に向けての前置きという役割も持っている。二句目以下では、『腕』以外のすべての語がひらがな表記であるが、これは作中主体の主観的判断を和らげるような意図があるためだと思う。『あのこ』も「子」か「娘」で大きく印象が変わるし、漢字は説得力が大きい。それよりも、ここではひらがなのもつおおらかさと口語で、ゆったりと時間流れるような時間を描いている。また、読むときにも勢いよく読もうとするとつっかえる手文字が入れ替わったり切る部分に失敗してよく読めず、ゆっくりと読まされることになる。『たいそう』という口語らしく、古めかしくて大げさな修飾語が使われているのもそのためだろう。

「スロー」「予想」

 

 

 

「殺虫剤ばんばん浴びて死んだから魂の引き取り手がないの」

 

 口語が一般的だった周辺の特徴を踏まえると、これは特に誰かに伝達したい内容を含んだ会話文であると考えられる。家に出た害虫を一家総出で始末しようと大騒ぎして始末に成功した後、なのかもしれない。

 害虫はすばしっこくてしぶといので殺虫剤をかける時は、それはもうオーバーなくらいに『ばんばん』かける。その殺虫剤が『魂』までに影響したのではないか、と考えているというか、それへ感情移入しているというか。

 害虫はかなりのヒト間で共通の敵として広まっており、時には罵倒語にもなるほどのマイナスイメージを背負わされている存在である。生まれ変わりという考えは、自分もそれであったかもしれないという仮定を発生させることで同情的な気分を起こす。オーバーキルと転生の発想によってそれに同情的な感情が発生したが、直接の言葉にならないまま、婉曲で幼げな雰囲気の短歌になった。

「婉曲」「同情」