手紙魔まみ99・100
それはそれは愛しあってた脳たちとラベルに書いて飾って欲しい
宗教の死後、人間の本体が脳であるとする機運は高まり続けている。生命が停止し、認識が終わった時にも、外部から見れば肉体は肉で、脳は脳である。保存の措置をとれば、それなりに長期間保存することも可能である。自分ではなく、カップルに対する嫉妬なのかもしれない。美しい愛情をはぐくんでいる様子を見せつけられ、いずれ死によって無化されることを想うことで、紛らわそうという考え方。二人の人間が心を通わせているという考え方より、二つの脳がそれぞれにあるという見方を登場させ、文字による説明でその立場を補強する。
「客観」「時間」
フランケン、おまえの脳でうつくしいとかんじるものを持ってきたのね
脳が連続している。フランケンは改造人間のことだろう。
『うつくしいとかんじる』がひらがなであることから、フランケンの脳が未熟であったり、時間があまりたっていないというようなニュアンスが感じられる。「それは一般的ではないし、私も美しいとは感じない」という優越感を作中主体は持っていて、フランケンに優しく諭そうとしている、風に見える。
前歌の解説口調の『ラベル』とは全く逆の、未成熟な主観を提示している。読者にはそれらの相対化が起こる。フランケンはグロテスクで巨大な肉体を持ちつつ、かわいらしい内面を持ったかわいらしいものとして取れる。
「視点」