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手紙魔まみ感想83・84

ティーバッグ破れていたわ、きらきらと、みんながまみをおいてってしまう

 

 ティーバッグが破れ、中身が流れ出してきらきらと輝いている、新しくお茶を入れなおしている間、自分は会話に入れず、取り残されていくのではないか、という不安を感じている。

 ティーバッグは使い捨ての便利な道具、現代的な「大量生産大量消費社会」を象徴する。元々使い捨てられるものとして、耐久性が低いため、すぐに壊れてしまうのだ。顧みることが予定されていなかった中身が、一瞬のきらめきを放つ。

 しかし、作中主体であるまみには、もう一度お茶を入れなおさなければならないというロスでしかない。そうしている間にも、他の人々は会話を続けていくのである。これは、現代の「大量生産大量消費」と並ぶ特徴、「情報の高速化」を表している。大量に作られる道具が一瞬のきらめきを見せても、そんなものに付き合っている暇はなく、仲間たちとの会話に取り残されないように注意を張らなければならないのだ。

「現代」

 

 

 

顕微鏡で宇宙を見ている者の目にそのとき金の薔薇が映るの

 

 宇宙という人間にはとらえられないほど巨大なスケールを、人間の道具である『顕微鏡』の使用によって覗く者という立場から始まっている。宇宙と微生物の細胞の構成図が偶然にも一致するという有名な謎や、壮大な範囲を含む『宇宙』は地球内、机上、顕微鏡上も含んでいるから、そう呼ぶことが間違いではないという叙述トリック的な解釈もできる。しかし、『金の薔薇』の出現から、素直に巨大な存在が顕微鏡を使っているという光景を考える方が普通かもしれない。

 『金の薔薇』は自然物としてはない。金属職人が見世物として作ることはあるようだが、顕微鏡を使っていることを考えると、自然物であってほしいという気持ちになる。「色+薔薇」で思い当たるのは「青いバラ=不可能」というものである。遺伝子組み換え技術の発達で薔薇の作製に成功してから「奇跡」などの意味が加えられたそうだ。『金の薔薇』はそれ以上に困難で、実現があり得ない課題であり、それを『写る』ということでこの宇宙に奇跡的な価値を表明されるように見せる。さりげなく、何気なく見えたという風に口語調の表現で見せることで、「日常の中の奇跡」という演出を行っている。

「観察」