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手紙魔まみ59・60

手紙魔まみ、アイ・ラヴ・エジソン

 

 

まみの白い机は夢にあらわれて「可能性」と名乗った。アイム、ポシビリテ

 

 区切れはひどく、字余りが大量にあり、『夢』と最初から表明されているせいでどんなに変でも仕方がないと言い訳したような奇形である。『夢』というならどんなに変なことが起ころうとどうしようもない。

 カーテンやなべつかみの名前を紹介する歌を思い出す。あれはテーブルにはまだ名前が付けられていなかった。

 『夢』は見るもの無意識の反映であるなら、『まみ』は『可能性』と新しい机の名称の間に何かしらの結びつきを幻視していたといえる。英語による復唱は机が使う言語がどこに由来しているのかや、机の出身地の曖昧性のためなのだろうか。

「夢」

 

 

 

可能性。ソフトクリーム食べたいわ、ってゆきずりの誰かにねだること

 

 『可能性』に関する歌が続いている。自身の中で、可能性を定義している様子。前歌での『夢』が意味するところを考えたい意識があったのだろう。

 具体例を挙げて『可能性』が何であるかを考えている。あり得なくもない程度の願いであるが、「もらうこと」までではなく『ねだること』までを可能性とみているところが焦点であるように思う。行為すれば起こり得る程度の願いなのだが、実際のまみはそのような度胸を持ち合わせてはいないのである。その意味では、『ねだること』をしないため、決して他人からソフトクリームを手に入れることはない。『まみ』は可能性を頼ったり、それを実用できるものとできないものがいることと、自分はできない側にいるということ考えを持っているのである。

「例え」