巣/人生の意味/植毛

短歌について/その他サブカル色々/男、無職、誕生年1994/うたのわで斧寺0

シンジケート感想155・156

こわくなることもあるよと背を向けたまま鳥かごの窓を鳴らして

 

 『こわくなる/こと』、『背を向けた/まま』というように、音の切れ目に重要な語があり、意味が一瞬間違って伝わる。前者では『こわくなる』のが作中主体に読めるが、実際には作中主体は誰かを励ましている、後者では『背を向けた』という動作を話しながら言っているように見せかけて、実際はずっと背を向けた態勢で話していた、と明かされる。

 『鳥かごの窓を鳴らして』と言った後半。この動作は、鳥かごの鳥をこわがらせる動作でだ。背を向けたまま励ましつつも、実はペットを驚かせてからかい、遊ぶということの方にやや意識を向けている、そういったいい加減な受け答えの様子を詠った首。

 作中主体への印象が「(怖がり→)優しい→厳しい→優しい→無関心」と変化が起こるが、『背を向けた/まま』の七音で急激な二度の変化が起こる点がよい。

 

 

 

 

何ひとつ、何ひとつ学ばなかったおまえに遙かな象のシャワーを

 

 『遥かな象のシャワー』が謎の語。『象のシャワー』からは、象がみずあびの際に鼻から水を吹きだす様を指していると思われる。『遥かな』は「1.時間や距離が隔たっている、2.違いのはなはだしいこと、3.羨ましいこと」に使われるが、すっきりとあてはめられる用例はこの三つにはない。2.の用例から、物凄い、ということを示すために使っているのだと思われるが、比較の対象がないように見える。

 『何ひとつ学ばなかったお前』が比較の対象なのかもしれない。『何ひとつ』はそれ自体強い言葉だが、それをただ繰り返すだけではなく、『何ひとつ、何ひとつ』と点をつけてまで重複を強調している。冒頭からそのように始まるのだ。そのように駄目な人物としての『おまえ』が強調されることで、『象のシャワー』は漫画的なやさしさのある象のシャワーではなく、実際的に生々しい、動物臭く激しい勢いの象のシャワーとしてイメージされることになる。

 

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