巣/人生の意味/植毛

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シンジケート考察 12・13

水薬の表面張力ゆれやまず空に電線鳴る十一月

 

 表面張力は液体が空気と触れる面を少なくしようとする性質。水滴が丸いのはこのため。

 殺風景であり、詠み手すら存在感が全くない。『水薬』『電線』が登場物で『空』は場所、舞台。『表面張力』は『水薬』の有する性質だろう。『水薬』を落としたのは詠み手だろうが、『表面張力』を発揮している=落ちているということならば、今垂らしたというわけではない。『ゆれやまず』と『電線鳴る』は風の強さを示しているようだ。『十一月』冬が近づき、風が存在感を発揮しているのか。水薬も電線も全く無機的だ。『水薬』を設置したのは作者、薬ではあるが自分が垂らしたわけでもなければ自然の水と見分けはつかないだろう。『電線』は人工物ではあるが、もはや風景の一つともいえるものでもある。この2つが特徴的な対比となっている。

 はっきりとした明暗ではなく無機的な寂しさがあり、何処までも続く『電線』がこの状態の終わりの不可視性を表している。ここまでの『月』の短歌ではこれのみ明暗が焦点になっていない。最後にそうなるように配置したことは、意図的なのだろう。十二月の『君』との対立から始まった一年間で激しい楽しみも、悲しみさえもない虚無的なさみしさに慣れてしまったのだ、ということなのだろうか。

 

ゼロックスの光にふたり染まりおり降誕歌うキャロルの楽譜

 

 ゼロックスは乾式複写によるコピー、コピー機のことで、アメリカの印刷機器会社が元ネタ、そのもとの意味はギリシャ語で「乾いた」。キャロルは讃美歌の一種で、クリスマス・キャロルに代表される。

 『降誕歌うキャロルの楽譜』がクリスマスの情景であることは一目瞭然である。『ふたり染まりおり』は仲睦まじい様子だが、『ゼロックスの光』があやしい。コピーされる光? (正確に意味があっているか自信がないが、ゼロックス、光 で検索すると富士ゼロックス光ファイバーしかヒットしないしあっていることにする。)

 コピーする光、クリスマスで大切な者と時を過ごす、という幸せな時間も、コピーされるものの一つでしかないということなのだろうか。人の溢れ、有り余るほどである現代で、特別な存在など居りはしない。2000年前に降誕したという救い主の誕生を、今でも祝うという行為は、それと全くの対比として機能する。『ゼロックス』という『光』のなかに暗さがあることが不気味。